自由に本音を言える場所がないと、自分の言葉は育たない

「もっと自分の言葉で話せるようになりたい」

そう思っていても、いざ自分の考えを話そうとすると、うわべだけの言葉しか出てこないことがあります。

自分の気持ちにぴったり合う言葉を探しているのに、うまく見つからない。そもそも、自分が何を感じているのかさえ、はっきりしないーー。

そんなときは、語彙が足りないのではなく、自分の本音を言葉にする練習が足りていないのかもしれません。それには何でも本音を語れる場所が必要です。

今回は、誰にも見せない場所で本音を書き続けることが、どうして「自分の言葉」を育てるのかについて考えてみたいと思います。

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私たちは、思っているほど本音を語っていない

普段、私たちはいろいろな人と話しています。家族や友人、仕事で関わる人など、一日を振り返ると、まったく誰とも言葉を交わさなかった日のほうが少ないかもしれません。

けれど、人と話しているときの言葉は、すべてがそのままの本音というわけではありません。相手を傷つけないように言い方をやわらげたり、場の空気を悪くしないように不満を飲み込んだり、相手が望んでいそうな答えを選んだりします。

それは、決して悪いことではないと思います。誰かと一緒に生きていく上では必要な気遣いですし、私も日々、そうやって言葉を選んでいます。

ただ、いつも相手に合わせて言葉を選んでいると、「自分が本当はどう思っているのか」を言葉にする場所がなくなってしまいます。「こんなことを言ったら嫌な人だと思われるかもしれない」と感じるような気持ちは、口に出す前に引っ込めてしまうからです。

日記なら、矛盾した気持ちもそのまま書ける

日記には自分自身しか見ません。がっかりされることも、反論されることも、気まずい顔をされることもありません。

だから、面と向かっては言いにくい不満や嫉妬、弱音も、むきだしの感情のままに書けます。

反対に。うれしかったことや、ちょっと誇らしかったことも書けます。人に話すと自慢に聞こえそうで口にできない喜びも、日記の中なら心ゆくまで書きまくれます。

人の気持ちは、いつも筋が通っているわけではありません。好きなのに腹が立つ、うれしいのに不安になる、やってみたいのに逃げたい——そんな複雑な気持ちも、どちらか一方を消さずに並べておけます。

日記の中では、昨日と今日で言っていることが違っても大丈夫です。誰にも見せない場所だからこそ、その時々の本音を、形が整わないまま置いておけるのだと思います。

本音を繰り返し書くと、言葉が少しずつ変わる

もちろん、日記を書き始めたからといって、すぐに自分の気持ちをうまく表現できるようになるわけではありません。最初は「嫌だった」「つらかった」「うれしかった」のような、単純な言葉しか出てこないかもしれません。

けれど、同じような気持ちを何度も書いていると、「今日の嫌だったは、前に書いた嫌だったとは少し違うな」と感じることがあります。

腹が立ったのか、悔しかったのか、寂しかったのか、それとも納得できなかったのか。自分の感覚に、もう少し近い言葉を探すようになります。

うれしい気持ちも同じです。「楽しかった」だけではなく、ほっとした、心が弾んだ、誇らしかった、肩の力が抜けたなど、その日の自分にしっくりくる表現は少しずつ違います。

ネガティブなことばかり書いていては、喜びを表す言葉を使う機会は増えません。反対に、前向きなことだけを書こうとすれば、怒りや悲しみを表す言葉は、自分の中でぼんやりしたままになってしまいます。

ポジティブな気持ちも、ネガティブな気持ちも、そのまま書く。いろいろな本音を日々言葉にすることで、それぞれの気持ちを表す言葉が、川を流れる小石のように少しずつ磨かれていきます。

日記は、自分の言葉を練習する場所だった

私は日記を書いたその日に、何か大きな変化を感じたわけではありません。書けば毎回、本心がはっきりしたわけでも、悩みの答えが見つかったわけでもありませんでした。

それでも数年後に振り返ってみると、以前よりも自分の気持ちを言葉にしやすくなっていました。そして日記が、誰の反応も気にせず、自分がどう思っているのかを自由に話せる場所になっていたことに気づきました。

自分の言葉は、知っている言葉の数が増えるだけでは育たないのかもしれません。自分が本当に感じたことを何度も言葉にし、そのたびに「これで合っているかな」「もう少し近い言葉はないかな」と探すうちに、少しずつ育っていくものなのでしょう。

これは、野球の素振りにも少し似ています。一度だけ力いっぱい振るより、毎日繰り返すうちに自分の体に合った振り方が身についていくように、言葉も何度も使うことで、自分になじんでいきます。

自分だけの場所で、本音を話してみる

日記には、今日うれしかったことも、引っかかった一言も書けます。理由は分からないけれどザワザワしたことなど、その日に心が動いたことを書けば、それが自分の言葉を使う時間になります。

うまく説明できない日は、「うまく説明できない」と書くところから始めてもよいと思います。言葉が足りないと感じることも含めて、その時の自分が持っている言葉を使い続けることに意味があるからです。

誰にも遠慮せず、ポジティブなこともネガティブなことも書ける場所を持つ。そこで本音を話し続けることが、少しずつ自分の言葉を育ててくれるのだと思います。

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この記事を書いた人

通勤時間が片道1時間半あった頃、暇つぶしのつもりで日記を書き始めました。

そうして数年が過ぎた頃、以前よりも楽に自分の気持ちを言葉にできることに気が付きました。

このサイトでは、私が見つけた「自分の言葉」との付き合い方を、日記の実例などの体験を交えながら綴っています。

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