会社を首にされると決まってから、私はずいぶんたくさんの日記を書きました。
仕事への不満や、この先どうなるのだろうという不安。会社の人への怒りや、自分への情けなさ。
ノートを開くと、人前では出せなかった言葉が次から次へとあふれ出てきます。
ーー人は、こんなにも書けるものなのか。
当時はそんなことを思ったほどでした。
でも、冷静に考えてみると不思議な話です。
昨日まで同じ人間だったのに。契約終了というふいの出来事があっただけで、いくらでもページを書けます。
そしてふと思いました。
もしかすると。自分の言葉というものは、頭の中に最初からあるものではないのかもしれない。
何かとの出会いによって初めて生まれるものなのではないか、と。そう、”化学反応”のように。
言葉は「何もないところ」からは生まれない

私たちは人生の中で、たくさんの出来事に出会います。
進学。就職。結婚。退職。家族との別れ。
どれも人生の節目になる出来事です。
そうした場面において。「何も感じませんでした」という人は、おそらくあまりいないでしょう。
嬉しかった。寂しかった。腹が立った。安心した。
いろいろな気持ちが心の中を動き回ります。
つまり出来事と自分がぶつかったとき、言葉が生まれているのです。
理科の授業で習った化学反応のように、二つのものが触れ合った瞬間、それまでなかった新しいものが生まれる。
私は、自分の言葉もそれに少し似ているように感じています。
だから「自分には言いたいことがない」と普段感じている人も、決して自分の中に言葉がないわけではないのだと思います。
言葉を生み出すための化学反応が、ほんの少し足りないだけなのかもしれません。
そこで化学反応を意図的に起こすためにおすすめしたいのが、”日記”です。
大きな出来事でなくても、反応は起きる

化学反応は、心を大きく揺さぶれる出来事ほど、強く反応が起こります。
とはいえ、劇的なイベントは人生でそう何度もありません。
会社を首にされる機会はめったにありませんし、毎週結婚式があるわけでもありません。
私は帰りの通勤時間を使って、その日の出来事や見聞きしたことを日記に書いていました。
昼休みに食べたラーメン。散歩中に見つけた虫。ネットで読んだニュース。職場のランチで聞いた面白い話、など。
どれも取るにたらない、ささいな内容です。
でも、私は出来事そのものを書きたかったわけではありません。その出来事に対して、自分が何を思ったのかを書きたかったのです。以下はそんな一例です。
(2012.8.8の日記より)
教えてgooにて。「野良猫と仲良くなりたい。猫は人の顔を覚えるものでしょうか?」という質問に対して、「虐待される猫は、呼んですぐ来るような人懐こい猫に多い。私はすべての猫が人間嫌いであることを願います」と異色の回答を送っている人がいた。
たしかにこの回答者のように、静かに見守る人こそ新の猫好きなのだ。相手の幸せが自分の利にならない状況を受けいられる人こそが。
こんなしょうもない感想で十分です。感動する話、スケールの大きい話である必要はありません。
自分の心が動かされたかどうか。
この一点に化学反応の種があります。
日記は出来事を書く場所ではない

日記というと、「今日は何があったか」を書くものだと思われがちです。
もちろん、それも間違いではありません。でも、私にとっての日記は少し違います。
出来事を記録する場所というより、自分の中で起きた反応を記録する場所なのです。
同じニュースを見ても、人によって気になるところは違います。同じ映画を見ても、泣く場面は違います。
同じ景色を見ても。「きれいだった」で終わる人もいれば、「田舎の風景を思い出した」と深く感じる人もいます。
私たちは毎日、様々な化学反応を体験しています。日記を書くことは、こうした自分の反応を観察することでもあります。
何に心が動いたのか、あるいは何も感じなかったのか。
こうした差異もまた、自分らしさの一つなのだと思います。
言葉は探すものではなく、生まれるもの
「何を書けばいいですか。」
日記について話していると、よくそんな質問を受けます。
でも私は、無理に書くネタを探そうとしなくてもいいと思っています。
感動する出来事。人生を変える経験。エッセイになりそうな話。
そんなものを待っていたら、きっと日記は続きません。
それよりも、その日見聞きしたものの中から、「ちょっと気になった」ことをすくいあげる。それだけで十分です。
その小さな「気になった」が、自分の中で化学反応を起こし、新しい言葉を連れてきてくれます。
だから、自分の言葉を探しに行く必要はありません。自分の言葉は、何かとの出会いの中で、自然と生まれてきます。
日記に挫折した経験がある方も、また三日間だけ試してみませんか?
食べたものでも、ニュースでも、道端の花でも構いません。その日に少しだけ心が動いたことを書いてみる。
そして出来事そのものではなく、自分がどう反応したのかを思い返しながら書いてみる。
それだけで、小さな化学反応が始まるかもしれません。
言葉は、探しに行くものではありません。今日という一日の中で、静かに生まれてくるものなのです。

コメント