誰かに何かを言われたとき、その場ではうまく答えられず、あとになってから「本当はこう言いたかった」と思うことはありませんか。
相手の言葉に納得したわけではないのに、自分が何に引っかかったのかを説明できない。そのため、言われたことをそのまま受け入れたり、曖昧に笑って済ませたりしてしまいます。
以前の私にも、そんなことがよくありました。
けれど、日記を書き続け、自分が感じたことや考えたことを言葉にするようになってから、少しずつ変わったことがあります。
自分の中で筋の通った答えを返せるようになった
自分の言葉を持つようになって、まず変わったのは、人から何かを言われたときの受け答えです。
たとえば、上司との面談で何かを指摘されたとします。
以前なら、その場では相手の言葉に押されてしまい、自分の考えをうまく返せなかったかもしれません。
けれど、自分が何を感じ、なぜそう考えるのかを言葉として持っていれば、「私はこう考えています。その理由はこうです」と、自分の中で筋の通った答えを返しやすくなります。
それによって、相手を言い負かせるわけではありません。こちらの意見が採用されるとも限りません。
それでも、相手の言葉をただ受け入れるのではなく、自分の考えを示せるようになります。
自分なりの考えがあれば、周囲の意見を聞きながらも、流されるだけでは終わりません。相手の言葉と自分の考えを比べたうえで、納得できるものを選べます。
自分の思いを、相手にまっすぐ伝えられるようになった
自分の言葉が役立つのは、意見が対立する場面だけではありません。
私は誰かを食事や遊びに誘うときにも、「私はこういう理由でここに興味があるから、一緒に行こうよ」と言えるようになりました。
ただ「行かない?」と誘うよりも、自分がなぜ行きたいのか、どこに心をひかれたのかまで伝えられます。
兄弟とけんかをしたときにも、ただ怒るのではなく、「あなたのこういうところを、私は我慢できない」と、嫌だと感じた部分を具体的に伝えられるようになりました。
もちろん、理由をきちんと話したからといって、誘いを受けてもらえるとは限りません。けんかが解決するとも限りません。
自分の言葉を持つことは、相手を思いどおりに動かすためのものではないからです。
ただ、結果が変わらなくても、自分がどう感じ、何を望んでいるのかは相手に伝わります。
私にとって大きかったのは、相手の反応よりも、まず自分の思いを曖昧にせず、言葉にして外へ出せるようになったことでした。
人生の舵を、自分で取っていると感じられる
自分の言葉を持ったからといって、いつでも自分本位に考えられるわけではありません。
人の意見に迷うこともあれば、自分の考えが揺らぐこともあります。言いたいことを伝えても、何も変わらないこともあります。
それでも、自分が何を感じ、どうしたいのかを言葉にできれば、少なくとも自分の意思を示すことはできます。
どこへ行きたいのか。何を受け入れられないのか。どちらを選びたいのか。
こうしたことを一つずつ言葉にしていくと、日々の小さな選択を、自分で決められるようになります。
人生を大きく変えるような、劇的な出来事が起こるわけではありません。
それでも、自分の思いを確かめ、自分の言葉で伝え、自分なりに選ぶ。その積み重ねによって、私は以前よりも「自分で人生の舵を取っている」と感じられるようになりました。
自分の言葉を持つことで変わるのは、周囲の人や出来事ではなく、まず自分の立ち方なのかもしれません。
